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CRIMSON RED [アイマス]

 夕焼けが町を朱に染めていく。
電車の窓から流れていく風景は、朱からゆっくりと色彩を落とし暗闇へと包まれていく。
私は、その風景の移り変わりを、まるで自分の様だと感じながら目を瞑る。
ほんの少し長い時間を身体を揺られながら過ごすと、見慣れた風景が私の目の前に入ってくる。

今日も一日が終わっちゃった……。

十六歳の貴重な一日が、こうしてまた終わる。
友達がみんな遊んでいる中、私は毎週の様に事務所へと向かい、そして未だに現れないでいる見た事も無い『私のプロデューサーさん』を待つのだった……。「おはようございます!」
 私は今週も、事務所へと向かう。
私以外にもアイドル候補生は何人か居るので、私は彼女たちと談笑をしながら今日も一日を過ごす。
 この事務所は比較的自由な社風で、私たち個人の行動を出来る限り尊重してくれている部分がある。
もちろん、プロデューサーさんが付いてデビューする事になったら、プロデューサーさんと一緒にお仕事をしたり、スケジュールに追われたりするんだろうけれど、今の所は最低限のレッスンだけで、後は私たち任せになっている。
「小鳥さん、お茶しませんか?」
 だから私は、頃合いを見計らって事務のお仕事をしている小鳥さんに声をかける。
小鳥さんは『待ってました』とばかりに自分のデスクから離れると、事務所に置かれたソファの方へと座る。
 私は二つのカップに紅茶を入れ、自分のリュックサックから昨日作ったクッキーを取り出す。
小鳥さんはその内の一枚を自分の口へと運ぶと、美味しそうに顔をほころばせる。
そんな小鳥さんの表情を見ると、作った甲斐があると云うものだ。

「春香ちゃんも、早くプロデューサーさんが付くと良いわね」
 小鳥さんは、テレビを見ながら私にそんな事を話しかける。
丁度今、同じ事務所からデビューしてる亜美がテレビに映った所だった。
「ああ、でも……」
 小鳥さんは、真剣な面持ちで私の顔を見つめる。
小鳥さんの実際の年齢に見えない、可愛い顔が少しずつ私に近づいてくる。
「春香ちゃんがデビューしちゃったら、毎週楽しみにしてる手作りのお菓子が食べられなくなっちゃうわね」
 笑いながら小鳥さんは元の距離へと座りなおして、もう一枚のクッキーをほおばる。
「でも、私だって早くデビューしたいですよぅ……」
 それもそうだ。
毎週毎週、デビューする事を夢見て東京まで出てきているのだから、なるべくなら早くデビューしたい。
でも、プロデューサーさんが付かない事にはデビューする事が出来ない。
だから私以外にもデビューを待つアイドル候補生が何人も事務所には待機している状態になっている。
そんな中で新しくプロデュースされるのを、毎週待ち続ける。
「でも春香ちゃんも、毎週毎週大変よね……」
そう、私は毎週毎週、事務所へ出てきても何も進展することは無く、自主レッスンに費やして家に帰る事になるのだった……。
「はい……。最初の頃は、小さな事務所だしデビューもすぐにできるんだと思ってたんですよ。でも、実際には小さな事務所だからこそ、プロデューサーさんも少ないって事が分かっちゃって」
 私は少しうつむき気味に、自分のカップを両手で持ち上げる。
何だか、少し気分が重くなってきた。
最近、いつも帰りの電車で感じているような寂しさの様な気分だった。
「春香ちゃん、大丈夫よ」
 小鳥さんはそう言いながら、私の頭を軽く抱きしめてくれた。
「社長だって、何も考えずにスカウトしたりしている訳じゃないわ。社長自身も昔はプロデューサーをやっていたし、小さな事務所だからこそ、本当に素質のある娘を選んで売り出して行けるんだから」
 私は小鳥さんの言葉を聞きながら、その胸で小さく頷くのだった。

「たっだいま~!」
「あっ! 亜美! クッキーがあるよ!」
「コラ! 亜美! 真美! アンタたちは早く次の仕事の準備してきなさい! うん、美味しい」」
 そう言いながら、律子さんはテーブルの上に置いてあるクッキーを一枚自然な動作で口へと運んでいく。
「あ~ッ! 律っちゃんズルい!」
「そうだそうだ! 一人だけクッキー食べるなんておーぼーだ~ッ!」
「あのね……アンタ達の次の仕事は雑誌の取材でしょ? クッキーの食べかすを口の周りに付けて取材を受けるアイドルが何処に居るのよ?」
 亜美と真美の二人は律子さんに文句を言いながら、更衣室へと押し込まれていく。
「全くもう……」
ため息をつきながら律子さんは、小鳥さんの隣に座るともう一枚クッキーを口へと運んでいく。
「律子さん、楽しそうですね」
「分かります?」
 小鳥さんの問いかけに、笑顔で答える律子さん。
「手が掛かる娘たちだけど、やっぱり一緒になって行動してると楽しいんですよね。事務だけをやって、プロデューサーになたっとしたら絶対にこんな事は感じられなかったと思いますよ」
 私は律子さんと小鳥さんの会話に、律子さんの分の紅茶を淹れながら静かに聞き耳を立てる。
 律子さんは、ちょっと前までアイドルとしてテレビに映っていた。
そして一年間の芸能生活を終えて引退。
その後はプロデューサーとして、765プロの事務所で働いている。
当時の律子さんは誰もが知っているトップアイドルで、その律子さんがプロデュースをする美希や亜美も着実に知名度を上げている。
でも、私より後に事務所にアイドル候補生として採用された彼女たちに、先にデビューされると云うのは少し寂しくもなる。
そしてその事が、少しずつ私へのプレッシャーになっていく。
「春香……。私に何か訊きたい事がありそうな顔をしてるわね?」
 律子さんは、紅茶を差し出した私に静かに、そして真剣な面持ちで問いかけてきてくれた。
「……」
「春香、黙っていてっも分からないわよ?」
 律子さんは、優しい口調で私から自分が求めている答えを引き出そうと待っている。
 静かな事務所に、更衣室ではしゃぐ亜美と真美がはしゃぐ声が鈍く響いて、それが時間を経過させている事を感じさせていく。
止まった空間と、動いている空間。
多分、この空間は私から動かないと動き出す事はないだろう。
「律子さんって、昔は事務員だったんですよね?」
 私は静かに口を開く。
「それなのに、何でトップアイドルになれたんですか?」
 律子さんは、私が質問することによって、止まっていたこちらの空間をゆっくりと動かし始めた。
「運ね……」
 それは、驚くほど短い言葉で終わってしまった。
だけど短いからこそ、はぐらかされない重みもそこにはある。
「運……ですか?」
 それでも私は、律子さんの口からもっと詳細を聞きたかった。
「そう、運。私が事務から数合わせのアイドル候補生として登録されたのも運。そこからプロデューサーの目に止まったのも運。そのプロデューサーが私をトップへと押し上げてくれたのも運」
 そうか……。結局は、芸能界は運なのか……。
私は答えを聞いて、気持ちを落とす。
 だったら何で、自主的なレッスンをしたりしなければならないのだろう?
運次第なのだったら、それは結局、無駄な努力なのではないのだろうか?
「春香。多分アンタは、私の言っている『運』と違う『運』で考えているわよ」
 律子さんは私の頭を軽く小突いて、私の顔を自分の方へと向けさせる。
「事務からアイドル候補生に登録された『運』それは私が将来マネージメントの仕事をしたいと云う事を社長に伝えていたから。だから現場を知る為にアイドル候補生として社長から提案された」
 律子さんは静かに、少し前の事を思い出しながら一年間の事を話してくれていた。
それは先輩アイドルとして、そしてトップアイドルとなった『秋月 律子』としての一年間の結晶だと思った。
「春香、コレだけは覚えておきなさいね? 運は待っているだけでは手にする事ができない。自分で掴もうとした時にだけ運は掴めるの」
「運を掴む……?」
「そうよ。自分が動く事によって『運を運ぶ』のよ」
 私には、その言葉がイマイチピンと来ないでいた。
「待っているだけでは掴めないって事。私も成功したから、その事に気付けたから人の事は言えないんだけどね。でも春香は今、この事を私から聞いた。それだけで他の娘と比べてアドバンテージを持っているの。だから、動くかどうかはアンタ次第よ?」
「……律子さん! ありがとうございます!」
 私は律子さんにお礼を言うと、そのまま事務所から飛び出して行くのだった。



 でも、飛び出してみたものの、何をするか決めずに出てきたから何処に行くかも決めてなかったなぁ……。
まぁ、いつも発生練習してる場所でも行ってみようか。
自分のできる事を一つ一つやっていけば、いつかは『運』を掴める様になれると信じて。



















「律子さん、今、新しいプロデューサーさんが来てるって事知っててあんな事言ったんですか?」
 小鳥さんが声のトーンを落として私に問いかけてくる。
「当たり前じゃないですか。そろそろ春香にだって、チャンスを与えてやらないと」
 隣の社長室に、今、小鳥さんが言った新しいプロデューサーが居るから、私も声のトーン
を落として小鳥さんに答える。
私はほんの少し、春香の手伝いをしてあげるだけ。
其処から春香が『本当に運を掴めるか』は彼女と彼次第。

「だけど、まぁ、何とかなるんじゃない?」

 そんな事を呟きながら、私は事務所の大きな窓から姿を変えようとしている太陽を眺めるのだった。
タグ:春香 律子
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